#1 西恵美子句集『分母は海』 ~ここまでの十年、ここからの十年

句集
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句集『分母は海』には第十回東北川柳文学大賞作10編が収められている

第十回東北川柳文学大賞を受賞された西恵美子さんが受賞記念句集『分母は海』を上梓された。東北川柳文学大賞は東日本大震災の翌年、川柳を発信することで震災から立ち上ることを目的として設けられた。恵美子さんは震災から間もなく、職場にて復旧活動中であった息子さんを亡くされてしまう。本句集にはそれからここまでの10年と、ここから先を生きていく想いが290の川柳と共に収録されている。 

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ここまでの10年

『息子は自分用の布団を積み、自分の部屋にあった食べ物を全て置いて職場に戻った。(略)二週間ぐらいの間に、3キロくらいやせて帰ってきた。入所者の人を気遣い、同僚を気遣い、家族を気遣ってくれた息子は7月24日、くも膜下出血で急逝した』(大震災を詠む川柳 川柳宮城野編 2011年)

この本の発行日は同年11月15日なのでまさに直後の心情を書かれたのだろう。

 天命と一言で告ぐ寂しさよ

天命というにはあまりにも唐突で理不尽な別れを前に、作者の慟哭が聞こえる。この句から西恵美子のその後の十年が始まる。

『句を纏めるにはあの時に戻らなければならない。悔しさ、悲しさ、絶望感等々に触れなければならない。それが怖かった。句を纏め始めた頃、息子の声がした。笑い声だった。頑張って!と言われたような気がした。』(川柳作家ベストコレクション西恵美子 新葉館出版2018年)

本句集の前に刊行された句集も今回と同様に二章構成で、第二章が息子さんを詠んだ「天国へいる息子―知倫―へ」だった。

  君はいない君の時計は動いている

  大き目のポケット君が出てこない

  四〇歳になってたはずの誕生日

  いつもいつも守ってくれてありがとう

6年が経ち受け入れねばならなかったもの、決して受け入れることのできないものが交錯した作品が並ぶ。2011年以来、血を吐くように川柳を続けて来たのかと想像すると胸が苦しくなる。川柳とはそこまでのものなのか。

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これからの10年

『息子を失ってからは夢の続きのようであった。若い頃の夢とは違い希望のない夢であった。(略)私は泣きながら句を吐いた。吐いて吐いて吐き続けた。そうしていなければ自分が消えてしまいそうだった。今年で十年になる。震災も息子の死も。川柳は私を絶望から這い上がらせ奮い立たせた。私にとって川柳は私であり、息子である。』(川柳葦群第57号2011年)

今回の句集はこの決意の先に咲いた花である。表紙に描かれたその花の色は、吐いた血の色ではなく、天命を意味する蒼天の青。

  分母には海を分子には君を置く

  ザァーと雨君が帰ってきたんだね

  もう四十四になるんだね

  これからも見守っていてくださいね

句集第二章の題は「星になった君へ」である。天国から星へ。一度は見えない世界へ去ってしまった息子が遥か遠くではあるが再び見える世界の存在となった。

今年七月、息子さんが残して乗り継いだ車を十年ぶりに更新することにしたそうだ。車は息子の分身のようでもあり、免許返納まで乗り切ろうと考えていたけれど、旦那さんの「ひとつの区切りだから。知倫も十年も乗ってくれておかあさんありがとうと言ってくれるはず」という強い勧めもあり決心。色も黒から赤へ、ナンバーも誕生日にされた。

ここまでの十年の想いと、そしてここから先を生きていく想い、新しい光を予感させる。

句集には収録されていないが、例えばそれは、こんな作品。

  美しい箱から声を掛けられる

  どの舟が訪ねて来るのだろう今宵

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第15回川柳文学賞正賞を受賞される

 『分母の海』が第15回川柳文学賞正賞を受賞されたというニュースが入ってきた。
 詳細を知りたくて主催である日本川柳協会のホームページを覗いたがさっぱり更新されていない。
 (これはもうページが古いとか新しいとかではなくガッツの問題だろう)
 しかたがないので手元にある「川柳葦群」第62号(2022.7.1)から、正賞に推薦した梅崎流青氏の選評を記す。

「あれから11年が経つ。東日本大震災関連の記事が紙面からだんだん少なくなっていく。どのようなモノやコトも歳月が風化させていく。例外はない。〈豆を煮る夕映えいちまいを入れて〉〈流灯や赤い鬼灯青いほうずき〉〈柵という一本の薔薇でした〉〈迸るもの受けとめよ冬の櫂〉〈今生の風を見ている白き骨〉〈二者択一やっぱりぬかるみを選ぶ〉大震災の10日後、作者は一人息子を亡くした。震災関連死の一人である。〈順番が違う違うと拾う骨〉と箸先の震えを表現。この句集は単なる母と子の逆縁という痛みを表現する追悼句集ではない。根底に静もる社会や人々の健忘症に対する小さな鐘の音でもある。誰の手によれば川柳が紙とエンピツに血を通わせることができるかを教えてくれる作品群である。 (川柳葦群第62号(2022.7.1))

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