さみしい夜の句会報 第284号(2026.7.26-2026.8.2)
第284号の参加者は36名でした。ありがとうございました。参加された方の1作品以上を掲載しました。掲載のない方、誤字脱字等ありましたらDMにてご指摘下さい。投句はテキストにてお願いします。テキスト以外の投句は週報に反映しませんのでご注意願います。
熊本地震の報に言葉もありません。厳しい猛暑のなか、避難所での厳しい環境や拭えない不安と戦われている皆様を思うと胸が塞がります。どうかどうかご自身のお体を最優先に。一日も早く平穏な日々が戻るよう、遠くから深く祈っております。
◆ 参加者(36名)
クイスケ、七澤銀河、汐田大輝、山田真佐明、桑原 雑、空野つみき、カオルル、しまねこくん、鈴木正巳、Nichtraucherchen、安藤 蜜豆、宮坂変哲、リコシェ、涼、何となく短歌、砂のような、ひよどりよりこ、もふもふ、crazy lover、岡村知昭、不思議な話のアイン、季川詩音、雷(らい)、白水ま衣、石川聡、雨声、まどけい、非常口ドット、しろとも、舞風 奏-かなで-、akao、織部ゆい、ユリ、日下 昊、INC(チャウ)、月波与生
◆ 川柳・俳句
心なき未決囚らのセレナーデ 汐田大輝
大好きなプッチーニから森になる 汐田大輝
寝ぐらから山椒魚は出て来ない 汐田大輝
バリカンが巨大な嘘をついている 汐田大輝
まだ泣き止まない複雑骨折のトレモロ 汐田大輝
蓮咲かすバックドロップ後の宇宙 汐田大輝
酷暑日は輪郭だけがプッチーニ 汐田大輝
あと乗せのレタスを忘れたまま脱皮 クイスケ
ビリヤニを完走させていくサロメ クイスケ
リスケした検診車にスカート挟む クイスケ
生前に既に天使であった人 七澤銀河
登録の背番号から1を引く 山田真佐明
どの面が顔になるのか冷奴 しまねこくん
余らせた寿命は蝉として過ごす しまねこくん
七月尽ちやんと粗末な句を作る しまねこくん
片方の足はとつくに油蝉 しまねこくん
どの顔も素麺を食ふ顔になる しまねこくん
鼻糞を糸瓜の花に分けてやる しまねこくん
熱帯夜おまえのいない時が過ぐ リコシェ
空中都市と新品の蛸 空野つみき
草刈の音鳴り止まぬ夏の風邪 カオルル
誰もフラミンゴになれなくて 歩く 岡村知昭
*
胃炎は癒えぬ永遠 Nichtraucherchen
遠花火あなたを泣かせてみたくなる 安藤 蜜豆
世の中は馬鹿ばかりなり書を曝す 宮坂変哲
強引なベルコの勧誘マジうざい 涼
コーヒーに憎々しさを溶いて黒 砂のような
夏館鏡の奥に廊下あり ひよどりよりこ
短冊に書いた無言の炙り出し もふもふ
ラーメンに溶け込んでる天動説 アイン
青梅や君の足音は聞こえず 季川詩音
山寺や読経を食べて散るカンナ 石川聡
人見知りひとり川柳菜っぱの日 まどけい
寝返りで轢きます明日も明後日も しろとも
白無垢の肩に宿借る蜻蛉かな 鈴木正巳
*
熱夜かな冷凍庫には鹿の肉 月波与生
◆ 短歌
真夜中の室外機から漏れて来る隣の西瓜 猫の溜息 七澤銀河
*
生き様の恥ゆえにこそ往く渡世 終わりなき世を道づれに 桑原雑
透明なまなざしのままありのまま弱さを見つめる強さが欲しい 何となく短歌
円窓の一羽のツバメ二羽になり窓越しの陽はいつも優しい 非常口ドット
「幸せになってほしい。」と願われたこと それだけで十分だろうか 舞風 奏
辛いとき記憶の君を抱きしめる溢れる涙ずっと好きだよ 織部ゆい
「生きてたんか?」「俺のこと消したいんか?」と 暇潰しのブルース上映中 雨声
◆ 詩 ・ 短文
オレンジ(ほとんど冷凍の)を齧る
求人誌を
画集を
人形を捲る
さらさらの涙(オレンジの)を拭う
きっとぼくだけが夏になる
(ビタミンカラーに染まってしまう)
(ぼくはまだ泣いているよ)
特別なドラゴンを手に入れたかった?
(ぼくは今日、二度朝食を食べました)(空野つみき)
自分は自分だから 何者にもなれない
受け入れて自分の人生やるしかない(crazy lover)
◆ 作品評から
海の日に風吹かぬのは海の自我 しまねこくん
~「海の日」という制度的な祝祭日と、無風という自然現象を「自我」という抽象概念で接続する飛躍が本句の核。「自我」という語の抽象度がやや説明的で、川柳特有の即物性を良しとする読み手には受入れ難い句か。(月波与生)
金属の破片の中で貝集め クイスケ
~瓦礫・破片という無機質で暴力的な景の中に、貝集めという牧歌的・幼年的行為を配置する二物衝突。「破片」が何の破片かを明示しない理解遅延の設計が効いており、読み手の想像力に委ねる余白がある。(月波与生)
生首を抜いた野原に植える花 汐田大輝
~「抜いた」という動詞選択が絶妙で、生首を大根か何かのように収穫物扱いする異化が強烈。その跡地に花を植えるという日常的な園芸行為との衝突が、暴力の隠蔽・浄化のメタファーとして機能する。(月波与生)
灯籠は川の向こうで素に戻る 七澤銀河
~灯籠流しという儀式性の高い行為を、対岸に着いた瞬間「素に戻る」と突き放す視点が秀逸。魂送りの器という意味付けが川を渡ることで剥がれ、ただの紙と炎に還る。「素」という措辞の抑制が効いており、感傷に流れず乾いた眼差しを保っている点が句の強度を支えている。(月波与生)
白無垢の肩に宿借る蜻蛉かな 鈴木正巳
~トンボは勝ち虫ともいいますね!花向けの俳句かしら? (ユリ)
鼻糞を糸瓜の花に分けてやる しまねこくん
~受粉なるか否か………(日下 昊)
寝不足の午後は惜しみなくピッコロ 汐田大輝
~「寝不足の午後」という気だるく低調な身体状態と、「ピッコロ」という甲高く鋭い楽器音の衝突が核。「惜しみなく」という副詞が、疲労の中でむしろ過剰に鳴り響く音のイメージを喚起する。(月波与生)
てのひらの黒点に咲く火の芙蓉 七澤銀
~「黒点」(太陽黒点、あるいは掌の染み・傷)という微小な暗い一点から、「火の芙蓉」という燃え上がる大輪の花へと一気にスケールと質感を反転させる飛躍が核。「咲く」という動詞が黒点と火の芙蓉を滑らかに接続していて破綻がなく、映像として美しい。(月波与生)
廃屋の保護者を名乗るサングラス 佐井杜
~「廃屋」という朽ちた不在の空間に「保護者を名乗る」という人格的・法的な語を接続し、さらにその主体が人間ではなく「サングラス」という物体である、という三段階の異化が効いている。誰も見ていないはずの廃屋を、顔の見えないサングラスだけが監視している不気味さ。着地の物体選択(サングラス)のセンスが句の質を支えている。(月波与生)
中央線西瓜の皮に日比谷線 しまねこく
~「中央線」「日比谷線」という実在の路線名と「西瓜の皮」という夏の残骸。固有名詞二つが皮を挟んで対称に配置される構図が視覚的に面白い。路線図の交差や乗り換えのイメージを、食べ終えた西瓜の皮の曲線・不規則な輪郭に重ねる飛躍がある。(月波与生)
水出しの罪悪感を切り刻む しろと
~「水出し」という穏やかで時間のかかる家事的動作と、「罪悪感」という内面の感情、さらに「切り刻む」という物理的暴力語——三者の衝突が核。本来「切り刻む」対象になり得ない罪悪感を、まな板の上のもののように扱う異化が逸脱強度を生んでいる。(月波与生)
烏龍茶飲まないような歌にする 山田真佐
~「歌」という抽象的な創作物に「烏龍茶を飲まない」という具体的な生活嗜好を仮託する奇妙さが核。烏龍茶という無個性で日常に溶け込んだ飲料を否定することで、逆に「どんな歌か」の輪郭がつかめないまま宙吊りになる理解遅延が生まれている。作歌行為という内的な決意表明を、飲食という尺度に落とし込む二物衝突は面白いが、「ような」止めのふわっとした着地がやや弱い。(月波与生)
サロメには報酬だけがママレモン クイス
~「サロメ」という濃密な物語性(悲劇・エロス・生首を望む女)と「ママレモン」という即物的な家庭用洗剤ブランド名の落差。カタカナ表記の統一が両者を同じ平面に並べ、神話的な報酬要求を一気に台所の日常へ着地させる脱力感が笑いを生む。「だけが」という限定が効いており、壮絶な物語の果てに残るのが洗剤という空虚さ・矮小化を強く印象づける。(月波与生)
この麺は市民プールの味がする 汐田大
~「麺」と「市民プールの味」という異質な感覚の二物衝突が核。塩素臭・ぬるさ・大勢が共有する公共施設の匂いを味覚に転写する飛躍が、逸脱強度を生んでいる。「市民プール」という具体名が効いており、単に「プールの味」より生活感と昭和的郷愁を帯びる点が巧み。(月波与生)
痛覚を知らない君が盛るカレー 七澤銀
~「痛覚」という臨床語と「カレーを盛る」という日常動作の二物衝突が軸。「痛覚を知らない君」はやや説明的ではあるが、下五「盛るカレー」への落差が効いており、句の成否をほぼ一語で担っている。「君」の正体を明かさない設計が理解遅延を生み、保護的にも冷笑的にも読める両義性を保持している。(月波与生)
胃炎は癒えぬ永遠 Nichtraucherchen
~それが本当かどうかは「言えん」というわけですね。(季川詩音)
実印に吹きかける闇 Nichtraucherche
~“実印に吹きかける” とくると、昔はみんなやっていた、押す前のハンコに息を吹きかけるあの場面が浮かびます。(雷)
生き様の恥ゆえにこそ往く渡世 終わりなき世を道づれに 桑原雑
~踊る大捜査線や刑事コロンボの血を感じるのは気のせいですか(INC(チャウ))

